政見放送を聞いていて思うこと

色々な政党があって、色々な立候補者がいて、それぞれがいろいろな主張をしているのかと思えばそうでもないことに気がついた。

 

現与党は今までの政策の正当化。

現野党は今までの政策の批判。

 

まぁ、現与党は自分たちが主張してやってきたことだから、正当化するのはあたりまえのことかと。

だけど、現野党は批判するばかりで、「何がダメだったのか」「どうするべきだったのかの対案」「それはなぜか」の主張がまるでないことがとても残念。

 

批判することで同意を得ようとしているようだけれど、恐らくサイレントマジョリティーは気づいている。と思う。

だけど、前回の都議会議員選挙のようなことがあるから、サイレントマジョリティーなんていないのかな。とも思う。

 

 

テレビに出演する識者は「みんな選挙に行こう」と言っているけど、そもそも考えることを放棄して感情論に任せた判断の一票だったら、投票して欲しくないと考える人がいても不思議ではない気がする。

 

 

そもそも政治なんて、国や自治体における構成員からみれば、力がない人々が力から逃れて生きていくために必要な費用負担を決定する装置なのだから、本来有権者にとって嫌なことを決定して実行していくことが求められているなず。

なのに、街頭演説や政見放送ではそのあたりの主張や方法論がほとんどなくて、耳当たりの良さそうな言葉ばかりが聞こえてくる。

候補者のHP見てもあまり伝わってくるものがないし。

 

 

何をもとに投票の判断をすればいいのだろうとフト考えてしまった。