『ψの悲劇』を読んでみた

物語の時代背景が違うのだろうけど、前作のΧの悲劇から近未来的に舞台が設定されてて、イメージとしてはWシリーズの前段あたりを表現しているのかなと、勝手に想像。

 

Wシリーズもそうなのだけど、読んでいて強く感じたのが、最近(最近でもないか)とても注目されている落合陽一さんが言うところの、デジタルネイチャーの世界観とオーバーラップするなぁということ。

 

そもそも思考自体が電気信号で、その回路が過去の経験によってある程度決まってくるなら、プログラムにある程度の揺らぎを加味することで、機械にも人間と同様な思考ができると考えることはとても自然なことだと気づかされる。

 

現実とヴァーチャルの境目が無くなるなんて表現があるけど、そもそも境目が必要なのか?と根源的なところがあって、リアルとかヴァーチャルとかって言葉が死語になる日が来るのかも知れない。

個人的には非常に興味があるけど、それが実現するまでは生きていられないだろうな。

 

ひとつ危惧されるのは、人とコンピュータの融合(他に言葉が見つからず)について、生理的に受け付けない人が多数出てくるだろうなと想像できること。

融合が実現する過程において、そういった人たちが研究の邪魔をしない社会になって欲しいのだけど、その抵抗は「リアル」の断末魔かも知れない。

 

なんてことを感じた本でした。